山のひとり言


それぞれの次へ

ついさっき、1年前に会社を辞めた同期がうちに来ていた。
社名が何度か変わったけれど、それを一緒にかい潜って来た仲間で、一言では言いあらわせない色んなこと共に味わった奴だ。

「山用のテントで古くてもう使わないの持ってない?持ってたら安く譲ってください、無いならオススメ教えて」
前日のメールの内容だけど、4月のメールで被災地に行きたいと書いてあったのでピンときた。

台所に数年ぶりにモンベルのテントを広げてみた。
外張がバリッと貼りついていたが、丁寧に剥がしながら広げて、テントの組み方のコツや、撤収時のことなど教えながら、無事に組みあがってくれた。

思ったよりも広いね、と、これなら十分と同期は喜んでいた。エアマットとグランドシートもセットであげた。
こんな10年も前の古いテントで申し訳ないけど、フライがある方が使い勝手がいいだろう。

このテントを初めて使ったのは、2001年、鳳凰山のお膝元、南御室小屋の天場だった。
もう記憶は無いが、内心オドオドしながら、さも何度も天泊している風を装って張っていたんだと思う。
それ以後、50泊以上、このテントで過ごした。
数年前にゴアのシングルウォールにとって変わられたけど、その眠っていたテントがまた活躍できるなんて、とても嬉しいことだ。本当に嬉しいよ。

帰りがけにスノーフライも渡した。
100%使うことは無いけど、そのテント専用なんだもの、日野で大雪が降った時に庭で使えよ、子供も面白がるだろ、と押し付けるように渡した。

軽自動車で去って行く音を聞きながら、ちょっと「やられたな」という思いが残った。
それは、あいつにも、テントにも。

どちらも次の生き方へ向かって動いている。

ずっと停滞して同じとこをグルグル回っている自分は、すとーんと置いていかれた感じ。
「わりぃな、東北よろしくな」別れ際はそんなことしか言えなかった。

記.11年6月


甲斐駒ヶ岳にて

今日ここへ登った理由はたいしてない。
週末になっちまったので、どこか行きたいとエアリア棚から漁ってみたが、結局新しい山を探し出せずに、また、来ただけだ。
そりゃ登っているうちは何も考えなくていいし、山頂で覆い被さるように広がる青空といつもの景色は心地よい達成感を与えてくれるが、また同じところに来ちまったよ、と思うことも事実だ。

この国では急登で有名な登山道だけれども、登れば登るほど長き道程は気にならなってくる。ストレートでガツンとくるスコッチも飲み続ければいつしか慣れる、そんな感じだ。 本当に山が好きなのか?ただ、じっとして過ごすのが恐いだけなのか?考え出すと頭の中でまとまりがなくなり、いつものように酒に手を出して脳を麻痺させてごまかす。

結局、何も解決していないが、今はこう思うことで仮の答えとしている。
「登りたいと思ったら出かける。面倒だったらだらだらと過ごす。私にとって山は趣味のひとつだ。ヘタに勘違いして大いなるものを求めないことだ。」

山はただ好きであればいい。それだけでいい。 記.07年1月


団体さんと「急行」

「急行1両!みなさ〜ん、よけてあげて〜」こんなこと言われたことあります? 私は1人で歩くことが多いのでたまに言われます。いつも「ありがとうございます」「すいません」 と挨拶しながら通り抜けるのですが、この前の団体さんには頭にきてしまいました。

2日間の行程もほぼ終わって2時間のCTを残すのみとなり、小屋前の広場にてチョコパンを食べていると身支度を済ました人たちの連呼が始まりました。 「1・2・3・・・・・25」嫌な予感。するとやっぱり私と同じ方向へ下っていく。(あ〜あ。まあでも、さして急ぐことは無いか、ゆっくり写真を撮りながら行こう)と、 湿原の草紅葉を眺め、写真を撮りながらゆっくり歩いていたのに樹林帯の登りですぐ追いついてしまった。 道も狭かったのであまり詰めることもしないでいたのだが25人の団体さんは遅すぎた。

すると始まったのがこの「急行さん」の連呼・れんこ・レンコ。そして、細くあぶないところで立ち止って「どうぞ」ときたもんだ。 さすがに「ここはあぶないので、お先にゆっくり行ってください。」と言ってそこは後から付いていったが、数人ずつ抜かす度に「急行じゃなくて特急ね」「足が速いわね〜」「あらー大きい荷物なのにすごいわね〜」も〜うんざり。 ほとんどおばさんだったけど、4,5人混じっていたおじさんにいたっては「抜きたきゃ、勝手に脇を通り抜けていきなよ」だって。最終的に25人を抜かすのには嫌気がさしました。

私は天泊装備でしたので特別速かったわけではありません。その団体さんを抜いた後、下山口までは抜かれた方が多かったぐらいです。 それと「急行」って言葉には(私達は普通に歩いているのに特別速い人がきた。しょうがないよけてやるか)みたいな気持ちも含まれていると思います。その団体さんは自分達が激遅だってことが分かってないんでしょうね・・・。

何も団体が悪いとは言っていません。いろんな理由でそういう山行形態でしか行けなかったり、人といっしょの楽しさもありますからね。 でも25人がべったりと狭い山道を数珠つなぎで歩くことは、他の登山者の迷惑になっているということを理解しておいてもらいたいです。 まあね、そんな時期にそんな団体が居るとこに出かけている自分が悪いのでしょうけど。
記.03年10月


山の嗜好

山好きなら知らない人同士でも仲良く登れる、必ずしもそうではありません。それぞれのこだわりとかスタイルがけっこう違います。思いつくものを並べてみると、
登山道派、沢派、岩派、ヤブ派、展望派、花・植物派、動物・鳥、写真派、小屋派、テント派、日帰り、電車・バス派、マイカー派、ピストン派、縦走派、コースタイム派?、山岳レース、マウンテンバイク・・・。 ちょっと考えただけでもいっぱいだぁ。
例えば、とにかく花派の人と、めっちゃ展望派の人は、いっしょに歩いたとしてもそれぞれがつまらないでしょう。 選ぶ山域も時期も違うだろうし、時間をかけ楽しむポイントも違うんですからね。私の場合は100を簡単に振り分けるとしたら、
テント泊=30,日帰り=30,展望=20,花=10,酒=10、かな。実際はこんなにテント泊は出来ていないですけど、願望も入ってます。
みなさんはどうですか?
記.03年7月


ほっといて下さい

「何で山に登るの?」こんなこと言われることありませんか? まあいつも「上で飲むビールはうまいよ」,「雄大な展望がね・・」なんて適当に答えています。 でも登山という行為をまったく理解できない人ほど私の適当な回答では満足できないみたいで・・・
「だって登るの苦しいじゃん、そういうの好きなの?」
「景色や花なんか写真みればいいでしょ」
「あぶないよ。この前も北アルプスってとこで死んでたよ。」
「え!お風呂無いの?ムリムリ!」
「オレはそんな疲れるの絶対やだね」
・・・まあ、こっちは理解してほしいなんて、これっぽっちも思ってないんだけどそういう人達の方がムキになって否定したがる様です。
山ってやっぱり”普通の趣味”じゃないみたい。

えっ?だからなんで山に登るのかって? そりゃ「山に行きたい!」と思うからに決まってるでしょ。
好きにやらしてちょーだい。
記.03年6月


”山屋”

これは何を指すのだろう? 単純に山が趣味の人を指す言葉じゃない。なぜそんなことを思ったかというと、人から自分がそうだと言われ違和感を感じたからだ。 そんなことどうでもいいじゃん、と言われそうだがやっぱり私は山屋じゃない。「えーでも、1週間テント背負って山を歩くのはどう見ても山屋だよ」と続けられた。 ん・・確かにそれだけを見ればそうなのかもしれないけど、それなら自分の中での山屋の定義を考えてみることにしよう。
1.天気図を作る事ができる。
2.花、樹木の名を知っている。
3.知識・経験が深い。
4.パーティの場合リーダー的存在になれる。
5.冬山も。
とりあえずこんなところか。経験・知識はやってれば付いてくるかもしれないが、4,5番の総合的なものは山岳会に所属したりしないとダメなんだろうな。花は去年(2002夏)から覚え始めたとこ。

いくらテント背負って何日も歩いても、一般縦走路を歩いて、整地された幕営指定地で張って、明日の天気を小屋に聞いて、ついでにビール買って・・・語弊があるかもしれないが”観光”と変わらないと思う。 もうちょっと格好よく”山旅”かな。
山屋にはなれそうもないが今のところ良い山歩きができてるので満足だ。
記.03年4月


静かな山頂にて

3/21に茅ヶ岳に登った。ちょうどこの日が深田久弥の命日とは知らず、帰りに立ち寄った深田公園の説明書きでそのことを知りびっくりした。 茅ヶ岳の頂から見た南アルプスの展望はすばらしく、去年の夏の南ア縦走を思い出しながら白い峰々を眺めた。ふと思った。昨日より戦争が始まっている。 テレビからはいろんなことが垂れ流されている。私の靄がかった頭では何が正しいのか解らない。
私は晴れたら山に登るだけ。ここは快晴で風の音だけしか聞こえない。ただこれだけのなんでもないことがありがたかった。
記.03年3月